- ゆきおんな 日本の民話より
むかし、むかし、ある冬の日のこと。
巳之吉(みのきち)は、おとっつぁと雪山へ猟に出かけていた。
ウサギを追っていくうちに、山の奥深くまで来てしまった。
すると、にわかに風が吹いてきたかと思えば、雪がまじり、大吹雪になった。
☆ビュービュー
『みのきちー』 おとっつぁが呼んだ。
あんまりの吹雪で、おとっつぁの姿はよく見えない。
『いまぁ~、戻れねぇから、山小屋さ行くべぇー』
『あー』と巳之吉は大きく返事をして、おとっつぁの声を頼りに後をついていった。
☆ザックザック……(雪を踏んで歩く)
雪山は、あっという間に姿を変える。
さっきまで、キラキラおてんとうさまが照っていたかと思えば、
ふっと、空模様があやしくなって、ふぶいてくる。
若い巳之吉も、猟師のおとっつぁから、よく学んできたことだ。
しかし、慣れることはない。いつも怖いと思う。
ようやく、山小屋に着いたふたりは、雪を払い、炉に火をくべ、暖をとった。
☆パチパチ……
おとっつぁは、懐から干し芋を出して、炉の火であぶると、半分ちぎって、
巳之吉に差し出した。それを黙って食べると、おとっつぁが言った。
『今夜は、ここ泊まりだなぁ。みのきち、炉の火を消さんようにな』
言うが早いか、おとっつぁは横になると、もういびきをかいて寝てしまった。
巳之吉は、おとっつぁの言いつけを守って、炉の火を継ぎ足していたが、
昼間の疲れもあって、うとうと してしまった。
-
- どのくらい経ったか、巳之吉は肌寒さを感じて、目を覚ました。
案の定、炉の火は、消えていた。
巳之吉は、急いで火を起こそうとするものの、なぜか身体が動かない。
おとっつぁを呼ぼうとするが、声も出ない。
目ん玉だけをきょろきょろさせて、おとっつぁの方を見ると、
「ふーっ」という息を吐くような音とともに、おとっつぁの顔が、暗闇に白く浮かび上がった。なんと、髪の長い女が、おとっつぁの上にのしかかっているではないか。
すると、女の白い顔が、巳之吉のほうを見た。
「雪女だ」と、すぐに巳之吉は悟った。
おとっつぁから聞いたことがあった。
吹雪の山には雪女がさまよっている。ゆめゆめ、火を絶やしてはならぬと。
- 雪女は、巳之吉に近づいてきた。巳之吉の顔をじっと見つめる。
「もうダメだ」と、巳之吉が覚悟を決めたとき、雪女はふっと笑って言った。
『そなたは殺さぬ。私好みじゃ。
ただし、このことを誰ぞに話せば、そなたの命はない。いいぞな?』
有無を言わさぬ物言いで、巳之吉は目をパチクリするばかりだったが、
雪女は、すぅ~と巳之吉から離れ、山小屋の戸口を抜けていった。
後には、風の音だけが残った。
☆ビューッ~!
- 我に返った巳之吉は、おとっつぁのそばへにじり寄った。
おとっつぁは、すでにこと切れていた。
巳之吉はまんじりともせず、夜明けを待って、
ころがるように、里まで駆けおり、村人に助けを求めた。
山で吹かれるのは、猟師にはよくあることだ。
村人たちも、巳之吉に多くは聞かず、弔いをしてくれた。
『おタカさぁは気の毒だが、息子は生き残ったでなぁ』と、村人はささやきあった。
おタカとは、巳之吉のおっかぁである。
おとっつぁが死んで、おタカと巳之吉、母と息子、ふたりになった。
喪にふして、一年ほど経った冬の日のこと。
夕暮れどきから、ふぶきが強くなってきた。
☆ビュービュー
すると、巳之吉の家の戸を叩く音がする。
☆トントン……
最初は、風のせいだと思ったが、そうでもないようなので、戸を開けると、
旅の身なりをした女がひとり、立っていた。
『今夜ひとばん、泊めてくださりませんか』
『それは、それは、気の毒なこと……』と、おタカが言った。
- つづく